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芯を持って、ゆるく生きる

読んだらちょっぴり勇気の出るブログ

55. 人は見た目、じゃないと思う

キャリア

こんにちは。じぇいです。

4月から始まった全体研修も5月一杯で終了し、6月から10週間は別の研修のために実家に戻っています。おそらくこれほど長い期間を実家で過ごせるのは人生で最後になると思うので、研修を頑張りつつも両親と直接話す時間を大切にしたいと考えています。それにしても4月と5月の全体研修は充実していました。

 

 

自分が学びたいことを100%学べたかと言われればそうでもないですが(もう少し商品知識を学びたかった…)、度重なるグループワークや資料作成を通じて、自分の思考のクセや得手不得手などを確認することが出来ました。思考のクセについては以前ブログ(53. グループワークで気づいたこと)で書いたので割愛させていただくとして、得手不得手について振り返ります。

 

僕は比較的グループワークを得意にしていたと思います。議論全体を俯瞰しながら、量よりも質を意識して発言することが出来ました。質の高さは、自分の発言によって議論がどの程度進んだかで判断していました。グループワークに苦手意識を持っていた頃は、「なにか発言しなければ」という思いだけが先行してしまい、価値ある意見を言うことが出来ないことも多々あったと記憶しています。

 

一方で専門知識がお題に含まれているグループワークは不得手にしていたと思っています。特に物理や化学などの知識がベースにあるお題になると、そのベースがない自分は議論についていくだけで精一杯になってしまっていました。高校時代これらの科目にほとんど取り組まなかったことを後悔しています。センター試験で生物を使ったのでそれに関してはまだなんとかなるのですが、それ以外の理科科目がさっぱりなのです…。

 

グループワークは比較的得意としていましたが、オフィス(Word, Excel, PowerPoint)を用いた資料作成が苦手でした。自分では満足のいく資料が出来たと思っても、周囲の資料作成スピードや完成した資料の質には毎回驚かされていました。成果物を発表するときは、プレゼン力と資料の出来栄えの2つが重要だと思います。プレゼン力に関してはそこまで問題なさそうなので、今後資料作成能力を磨いていきたいと思っています。

 

資料作成能力を磨くためになにをすべきかと考えたとき、

 

  1. どのようにその資料が出来たのかを考える
  2. 資料作成が上手な人に積極的に質問する
  3. 手を動かして再現してみる

 

この3点を意識して取り組もうと決めました。1に関して言えば、プレゼンを聴くときプレゼン内容に加えて資料の作り方を考え、自分では作成出来ない箇所があればメモをして家で再現しようと試みます。2に関して言えば、資料作成が上手い人を見つけて、疑問点を出来る限り質問しようと考えています。3に関して言えば、分かるのと出来るのには大きな違いがありますから、分かったことをメモしてそれを再現していきます。

 

さて、前置きがだいぶ長くなりました。そろそろ本題に入ろうと思います。4月に社会人になり初めて会う人が多かったです。初めましての挨拶を交わしてその後もお付き合いがある人もいればない人もいます。時間は有限であることを考えると出会った全ての人にもう一度会うのは不可能です。自分はどのような人と再び会って話す頻度が高いのかを、研修を振り返るという意味も込めて考えてみたいと思います。

 

初対面で会った人ともう一度会おうと思えるには、ほとんどの場合最初に会って話したときの印象で決まるのではないでしょうか。一般的には第一印象(初めて会ってから30秒)で決まると言われていますが、最初はお互い緊張していて上手く話せないこともあるので僕は5分程度話してみないと分からないと思っています。ただ5分話すと彼や彼女が自分と波長が合うか合わないかある程度つかめると思っています。

 

では、どこで波長が合うかどうかを判断しているのでしょうか。就職活動やビジネスマナー研修などでよく紹介されるのがメラビアンの法則です。人が初めて会った人の特徴を判断するとき、目から入る情報(視覚情報)・耳から入る情報(聴覚情報)・話している内容(言語情報)のどれに重きを置いて判断するのかを説明した法則です。その法則によると、

 

メラビアンの法則

〇 55%…目から入る情報(視覚情報)

〇 38%…耳から入る情報(聴覚情報)

〇 7%…話している内容(言語情報)

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となるそうです。だからこそ表情や服装、声のトーンなどが重要だと説明を受けるのですが、それにしても話している内容が軽視されすぎてはいないかと僕は違和感を覚えてしまいます。たしかに視覚情報や聴覚情報は人を見る上で大事であると思いますが、多くの人はこのことを学んでいるもしくは経験的に知っていて、第一印象が大切だというモードで初対面を迎えるわけです。

 

また視覚情報や聴覚情報は自分の意識次第ですぐに変えることが出来ると思います。もちろんその意識をどれだけ持って生きてきたかによってボロが出やすいかどうかに差が出るとは思いますが、よっぽどの問題がない限りそれだけで判断するのは難しい、というよりむしろおこがましいと思うのです。ですから僕は相手がどのような人かを見るときは、言語情報をメラビアンの法則(7%)よりも遥かに高い割合で気にしています。

 

では僕が気にしている、言語情報がなにかと言えば「自分の意見に深さがあるかどうか」だと思います。「自分の意見」を、状況を気にせず言うことは比較的簡単なことだと思います。しかし「自分の深い意見」を適切な場面で言うことは非常に難しいと思うのです。そもそも「意見」というのはただ「思ったこと」や「感じたこと」ではなく、

 

  1. 自分の生き方のスタンスを設定
  2. 意見を言う対象を設定
  3. 対象に関する情報収集
  4. 情報を取捨選択
  5. 考えをまとめる
  6. 考えを話してみる
  7. 考えを検証する

 

このようなプロセスを経て構築されるものだと思います。ですから一朝一夕で自分の意見を持つのは非常に難しいと思うのです。もちろん思ったことや感じたことをすぐに伝えることを否定しているわけではありません。人に話すことによって考えが深まることはよくあると思います。しかし大事なことは、そこで考えを止めてしまうのではなく、今自分が考えを深めている過程にいるのだと自覚することだと思います。

 

実際に話してみて、自分の深い意見を持っている人に僕はまた会いたくなります。なぜならその人である理由があるからです。みんなが考えているようなことに優先的に時間を割く必要はないと思います。そのような考えは普段生活している中で耳にする機会があるはずです。このことは視覚情報や聴覚情報からだけではつかめるものではなく、言語情報からつかめることだと思います。

 

ここまで偉そうなことを書いてきてしまいましたが、これはとりもなおさず自戒の念を込めての文章です。考えることを放棄していないか、ただ漠然と日々を過ごしていないか、浅い人間に近づいていないか、自分を振り返る時間を大切にしながら目標に向けて考えを深めていきたいものです。お読みいただきありがとうございました。では、失礼します。

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